nKアーカイブ

旅行やドライブで撮り貯めた写真と、行く先々で生じた疑問を調べた「自由研究」を紹介しています。

2007年8月 沼原湿原&乙女の滝

2007年8月23日

8月の終わりに少し休みがとれたので、一泊二日の小旅行に出掛けることにする。ひとまず今日の宿を確保して、少し遅めの時間に出発。国道293号で栃木県へ、那珂川町の小川で昼食。国道294号からりんどうライン(北那須広域農道)経由で、板室街道(県道369号)へ。最初の目的地「沼原湿原」には午後3時頃に到着。

沼原湿原(ぬまっぱらしつげん)
晩夏の湿原、花の少ない時期なのはわかっていましたが、やはり物足りない。写真も撮り尽くしたので、1時間ほど散策して退散。
沼原湿原

この日は、板室温泉に宿泊。翌日は那須岳、そして福島県の甲子温泉まで足を伸ばす予定。

2007年8月24日

乙女の滝
板室温泉から県道266号で、那須岳に向かう。板室温泉から坂道を登り、沼原湿原の入口手前にある乙女の滝を見る。高原の木立を縫ってドライブしていくと、別荘地に風力発電の白い風車を発見。コナミスーパーキャンパス(研修施設)のものらしい。
乙女の滝
(左)乙女の滝 (中央下)県道266号 (右)コナミスーパーキャンパス

おまけ
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2007年8月 那須岳登山

2007年8月24日

那須岳へ
殺生石や温泉神社の観光はパス、県道17号那須高原線を那須ロープウェイの山麓駅を目指す。途中、温泉街を見下ろす、展望台へ。那須岳の山頂付近は雲に隠れて見えないが、ひとまずロープウェイに乗ることにする。
那須岳へ

登山開始
ロープウェイの山頂駅に降り立つと、雲が流れ晴れ間から山頂付近を確認することができた。山頂を目指して、登山をスタート。
那須岳 登山

山頂へ
写真を撮りつつ、40分ほどで山頂にたどり着いた。360度のパノラマと云うわけにはいかなかったが、山頂のカルデラを巡りつつ、雲の合間からまずまずの眺望を楽しむことができた。
那須岳 山頂

2007年8月 座頭ころばし展望台、雪割渓谷、西の郷遊歩道

2007年8月24日

座頭ころばし展望台(福島県西郷村)
那須岳をあとに那須甲子道路を、甲子温泉のある福島県西郷(にしごう)村へ向かう。新甲子温泉から国道289号線に入り、白河方面に少し坂を下る途中に、座頭ころばし展望台がある。右手に鎌房山を、そして羽鳥湖のある天栄村周辺の高原地帯を展望することができる。
西郷村
上・中段:座頭ころばし展望からの風景、下段:(左)那須甲子道路、(右)工事中の甲子大橋

雪割渓谷(福島県西郷村)
座頭ころばし展望台から少し進むと、雪割渓谷がある。雪割渓谷は約4kmにわたり断崖が続き、谷底を阿武隈川が流れる。雪割渓谷の上流が阿武隈川の源流域となる、甲子温泉や新甲子温泉はこの上流域にある。
雪割渓谷
(左)雪割渓谷、(右)甲子温泉手前の阿武隈川の渓谷

写真の左中段の赤い橋は雪割橋。高さ50mの断崖に架かっている。この橋を渡った先に、西の郷遊歩道がある。

西の郷遊歩道(福島県西郷村) 続きを読む

2007年8月 甲子温泉  三段の滝、白水の滝、衣紋の滝

2007年8月24日

甲子温泉の旅館 大黒屋に到着。日帰り入浴して帰路につく予定であったが、ダメもとで聞いてみると空き室ありとのことで旅行を1日伸ばすことにする。まだ陽も高いので部屋に荷物を置き、さっそく散策に出掛ける。宿の方から、甲子登山道の途中にある滝の散策コースを紹介される。手書き地図のコピーをもらい、沢登りの箇所があるとのことで、お借りした長靴に履き替えて出発。

三段の滝&白水の滝
大黒屋から甲子峠に続く登山道は、れっきとした国道289号(当時)。登山国道(酷道?)として有名なところで、一度は訪れてみたいことろであった。大黒屋から坂を下り、三段の滝のある本沢を渡る。白水沢にある白水の滝へ登山道を進む。
三段の滝
左:大黒屋 膳花亭、甲子登山道、三段の滝/右:白水の滝

三段の滝は、人工的な堰堤であった。もとは自然の滝であったのかは不明。写真をよく見ると、白水の沢の上流にも砂防ダムが見える。自然の景観と治水を両立するための苦労を感じた。

衣紋の滝へ 続きを読む

2007年8月 新甲子遊歩道&剣桂

2007年8月25日

宿泊した甲子温泉から国道289号の旧道の急カーブの狭い坂道を下ると、阿武隈川の渓谷に出る。阿武隈川に沿って進むと、新甲子温泉の手前に新甲子遊歩道の入口がある。

新甲子遊歩道
駐車場にクルマを停め、阿武隈川の渓谷沿いの遊歩道を散策する。遊歩道の入口からはすぐに河原に出ることができる。このまま渓流に沿って歩けるのかと思いきや、「苦楽の坂」「修練の坂」など、厳しいアップダウンが待っていた。
新甲子遊歩道



新甲子友遊歩道の散策を終え、日差しを避けながら国道289号の旧道を駐車場へ戻る。途中にはキビタキの森があり、野鳥に親しめる豊かな自然が広がっている。(奥に見えるのは鎌房山
旧国道289号 剣桂付近

剣桂 続きを読む

2011年6月 寝台列車「サンライズ瀬戸」 東京~高松

2011年6月24日

東京駅にて
岡山で親戚の法事があり、両親の名代で出掛けることになった。職場を早退し、東京駅へ移動。寝台列車「サンライズ瀬戸」を待つ間に、東京駅の風景を撮影。
2011年6月 東京駅にて




2011年6月25日
高松駅にて
寝台列車「サンライズ瀬戸」で到着した高松駅。車両のバリエーションが多いのに驚いた。
2011年6月 高松駅

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2012年2月 茨城空港のファントム

2012年2月18日

茨城空港
昨年夏から展示されているファントムを見に、茨城空港を訪れた。昨夜も雪が降ったが今朝は晴天、強い日差しに雪もすっかり融けていた。
茨城空港ターミナルビル

早速、空港公園に展示されている、ファントムを撮影。

F-4EJ改 要撃戦闘機 <説明>



RF-4EJ 戦術偵察機 <説明>


おまけ 続きを読む

2008年8月 富岡製糸場

2008年8月18日

富岡製糸場(群馬県富岡市)
富岡製糸場

2008年9月 久里浜・城ヶ島灯台・三渓園

2008年9月27日

くりはま花の国(神奈川県横須賀市)
くりはま花の国


城ヶ島灯台(神奈川県三浦市)
城ヶ島灯台


三渓園(神奈川県横浜市)
三渓園

なぜ、松川の石が赤茶色なのか?

長野県高山村の山田温泉を訪れた際、松川渓谷を流れる松川の石が赤茶色になっているのが気になって調べてみた。

松川 高井橋付近(長野県高山村)
松川渓谷 高井橋付近

松川(山田温泉付近)の赤茶色の石(長野県高山村)
松川渓谷の赤茶色の石

米子大瀑布 ウラノ沢 熊野権現橋付近(長野県須坂市)
米子大瀑布 ウラノ沢 熊野権現橋付近

ウラノ沢の様に、小さな沢の石が変色しているのは、たまに見かける。しかし、松川のような大きさの川では、珍しいように思う。

酸性の川
松川について調べると、上流にあった高井鉱山などの影響で、酸性の川 ※1 だということがわかった。川の石が赤茶色に変色しているのは、上流にあった高井鉱山などから流れ出た硫化鉄の影響。米子硫黄鉱山 ※2 の下流となる百々川(どどがわ) も酸性の川とのこと。松川・百々川が流れる須坂市は、酸性の川の集中地帯であった。

小布施の栗
栗で有名な長野県小布施町は、松川の下流の扇状地に位置する。酸性の土壌のため、米や麦の栽培には適さないが、栗の栽培には適した土地であるとのこと。 ※3

硫黄鉱山
さらに鉱山について調べると、松川の上流に、横手山鉱山 ※4 、松川の支流にあった高井鉱山の奥、県境を越えて群馬側に小串鉱山 ※5 、万座鉱山 ※6などの硫黄鉱山が見つかった。
これらの鉱山は、人里離れた山奥の標高の高いところにあり、さらに鉱石を運び出す索道も整備されていたことに驚いた。しかも、地すべりや雪崩などで多くの犠牲者が出ており、過酷な条件の中で採掘が行われていたこともわかった。

雲上の楽園
硫黄の採掘は戦前から始まり、昭和40年代前半まで続けらていた。戦前は火薬の製造などの軍需産業に、戦後は化学工業の発達により需要が増加し、硫黄が「黄色いダイヤ」と呼ばれるほど、相当のコストをかけて採掘を行っても、それに見合う収益があったとようだ。上記の小串鉱山や、東洋一の産出量を誇った松尾鉱山※7(岩手県八幡平市)など、多くの労働者やその家族が移り住み山の上に小さな町が造られることもあった。特に「雲上の楽園」と呼ばれた松尾鉱山では、鉄筋コンクリート造りのアパート群が標高900m前後の山の上に建てられた。
しかし、海外から輸入される安価な硫黄や、石油精製の過程で脱硫装置により回収される低コストの硫黄が市場に出回ったことにより、採掘の採算がとれなくなり、国内の硫黄鉱山は昭和40年代半ばには全て閉山に追い込まれる。急激に閉山が進み、あとには廃墟や鉱害による酸性の川が残された。松尾鉱山の跡には、廃墟となったアパート群などが残されており、鉱毒水の中和処理が現在も続けられている。

硫黄鉱山と松川
松川の酸性化について調べる中で、日本各地にあった硫黄鉱山の近くに、いくつもの「松川」が流れていることに気づいた。旧松尾鉱山の近くには松川・赤川 ※8 (こちらの松川は中性で、赤川が酸性)が流れている。山形県米沢市のスキー場で知られる天元台 ※9 にもかつて硫黄鉱山があり、ここにも酸性の松川が流れている。

マツは火の古語?
松川という名前の由来について正確にはわからなかったが、古語ではマツは火をあらわすという柳田国男の説 ※10 があるとのこと。松明(たいまつ)には、松の松脂を多く含んだ部分を用いるなど、松(マツ)は火に関わる言葉でもあるとする説も頷ける。とすると、「松川(マツカワ)」は、「火の川」ということなのか?
硫黄もマッチや火薬など火に関わる物質であるから、硫黄鉱山の近くの川が松川の名で呼ばれるのも、「マツは火の古語」説と深い関係があるように思われる。この件については不明確な点も多く、時間は掛かるとは思うが、引き続き調べてみたい。


<参照URL> 続きを読む

2010年8月 米子大瀑布

2010年8月5日
米子(よなこ)大瀑布(長野県須坂市)
数年前、この滝の存在を知ったが、なかなか訪れる機会がなかった。今回は仕事の関係で、一泊二日の小旅行。メインを米子大瀑布に絞って行程を組んだ。

早朝に出発し、全線開通間近の北関東道から関越道を経て、上信越道へ。関東地方は雲が多かったが、長野に入ると一転して、青空が広がった。青い空をバックにした、浅間山を眺めながら上信越道を進む。

須坂長野東ICから一般道へ降り、一路 米子大瀑布へ向かう。
米子瀑布への道

山道をひたすら登ると、駐車場にたどり着く。
駐車場

須坂市観光協会のHPで周辺地図を見ていたが、高低差を十分に確認していなかった。登りは、結構きつそう。
案内図

日差しも厳しく、熱中症に備えて駐車場の売店で、スポーツドリンクを買い足した。
夏の空

登山道は木々の間をぬっていくが、厳しい暑さ。
登山道

それでも、休み休み登っていくと、滝の音が近づいてきた。
木々の間からの不動滝


不動滝へ
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2010年8月 米子硫黄鉱山跡

2010年8月5日
米子硫黄鉱山跡

精錬所跡
急な坂を下り、権現滝の沢に掛かる橋を渡ると、ふたたびの登り坂。坂を登ったところに、かつて硫黄を採掘した鉱山の精錬所があった。
鉱山跡の坂道

道端には、硫黄鉱を選別した際のズリなのか硫黄分を含むと思われる黄色い石が転がっていました。


精錬所の跡は きれいに整地され、当時の鉱山の様子を知るすべは この説明板だけです。
米子硫黄鉱山の説明板
(左)説明文 (中央)施設配置図 (右)当時の写真

米子大瀑布の絶景
そして、ここからの眺望が米子大瀑布の醍醐味。不動滝・権現滝 2つの滝を眺めることができる。
米子大瀑布の看板



ここから、向こう側に見える断崖を超えて索道(リフト)が延び、(写真左手の方向にあった)採掘場からも空中を通って硫黄の鉱石が運ばれてきた。
鉱山跡の草地
登山道の案内図

分教場跡(東屋付近)
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