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nKアーカイブ

旅行やドライブで撮り貯めた写真と、行く先々で生じた疑問を調べた「自由研究」を紹介しています。

反対側が透けて見える標識

よく見慣れた、友部JCTの標識。
友部JCTの標識

ある日、北関東道の友部JCTを通過する際に、反対車線の標識の文字が裏側から透けて見えることに気がついた。夜間に確認すると、投光器の光が標識を通り抜けている。
やはり、文字の部分に孔が開いているのは間違いない。

友部JCTの標識
※この標識は、友部JCTの手前1km。最初の写真と文字の位置が、少し異なる。
 右下に、「Utsunomiya」の文字が、部分的に読み取れる。

調べてみると、西日を背にした標識が逆光で見えにくくなるのを、裏側から光を透過せせることで見やすくする仕組みだそうだ。

他の標識も調べてみた
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栃木都賀JCT付近の展望台

北関東自動車道を都賀ICから栃木都賀JCTに向かって進むと、山の頂上に展望台らしきものが見える。
栃木都賀JCT付近の山

最初はZの様な形状が目に入り、作業用の昇降機かと思ったが、やはり展望台らしい。
栃木都賀JCT付近の山(拡大)

地図で調べてみたが、展望台のある山は栃木県栃木市と旧都賀町の境、工場とゴルフ場に挟まれており、公園では無いようだ。
展望台らしき構造物は、やはりゴルフ場の関連施設か?しかし、ゴルフ場のHPにも情報はなく、調査は打ち切り。

と云うことで、再調査
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1997年7月 建設中の北関東自動車道

1997年7月
国道6号の茨城町と水戸市の境に、インターチェンジ建設予定地の看板を発見!

北関1997 看板1

看板には、茨城東インターチェンジ(仮称※1)と書いてある。
北関1997 看板2


どうやら、ICから友部方向は切り通しにして、国道6号の下を北関東自動車道が通るらしい。
IC周辺の工事はまだ始まっていないが、既に始まっている大洗方面(※2)の工事を自転車で見学に出掛ける。


田んぼの中にコンクリートの固まりが出現。

北関1997 農道3

この幅からすると、片側2車線らしい。
北関1997 農道2

この狭い農道も、いずれは太い道になるのだろうか?
北関1997 農道1

日も暮れてきたし、そろそろ帰ろう。


※1:正式名称は、茨城町東IC
※2:現在の茨城町東IC~水戸南ICにかけての区間

北関東自動車道の疑問

北関東自動車道(以下、北関)は、仕事やドライブにと週に2,3回は利用しています。開通から11年が経ち、もう1,000回以上利用している計算になります。振り返ってみると、自宅周辺のサイクリングコースだった田園地帯に工事が始まったときから、部分開通を繰り返し少しずつ伸びていく北関を観察してきた感じです。nKアーカイブの手始めに、北関についての疑問を整理したいと思います。

次の写真は、茨城町西ICから茨城町JCTに向かっている車内からの撮影です。写真の中に、実は2つの疑問が隠れています。
北関東自動車道 八牧方橋 手前


キロポスト
北関は、2011年3月19日に高崎JCTからひたちなかICまでの総延長145.2kmの全線が開通しました。「やっと開通か」などと思いながら、いつも通り北関をドライブしていると、路肩のキロポストが目に入りました。

171キロポスト

キロポストに書かれた数字は「171」。現在地は茨城町JCTなので、ひたちなかICまで行くと「190」近くなるはず。「だいぶサバを読んでいるな」と、疑惑を感じつつ調査を開始。

まずは自分で計算してみると、高崎JCTから岩舟JCTまでが54.4km、栃木都賀JCTからひたちなかICまでが90.8km、あわせて145.2km。「そうか、東北自動車道の区間を足しているのか」と思い調べてみると、東北自動車道の岩舟JCTからは栃木都賀JCTまでは13.6km、足しても158.8kmでまだ足りない。

さらに調べてみると、栃木都賀JCTからひたちなかICまでのキロポストは、栃木都賀JCTからの距離に100を足しているとのこと。ひたちなかICから高崎JCTに向かってはキロポストと実際の距離に32kmの開きはあるが、ひたちなかICから栃木都賀JCTに向かう際はキロポストの数字から100を引いて考えればよいので、細かい数字を並べるよりは、わかりやすいのかな。

と云うことで、ひとつめの疑問は解決。
次の疑問は、ジャンクションの道路標識の奥に写る跨道橋にありました。


<豆知識>
北関は愛称
北関東自動車道建設促進期成同盟会が公募で決めた。(募集しようと思ったが、いい案が思い浮かばなかった。こういう場合、ピンとこない愛称になることを心配したが、「北関」に決まって安心した。E電のように、使われないと思うが・・・。)

北関の上り・下り
高崎JCTが起点となっているため。

ひたちなかIC→高崎JCT方面(西行き)が、上り。
高崎JCT→ひたちなかIC方面(東行き)が、下り。

以前、カーナビで上り・下りどちらのICか確認を求められたが、ルールを知らなかったので判断に迷ってしまった。

東水戸道路
水戸南IC~ひたちなかIC間10.2kmは、東水戸道路(一般国道自動車専用道路)で国道6号のバイパス。本来は別の道路であるが、NEXCO東日本が管理している。

北関東自動車道の疑問(2)

北関東自動車道(以下、北関)を茨城町西ICから茨城町JCTに向かうと、171キロポストの先に、「八牧方(はちまいかた)
橋」なる跨道橋があります。

八牧方橋 北関 西行き側より撮影

この橋は、2000年3月に友部JCT~水戸南IC間が最初に開通したときには完成していました。片側2車線の橋が2つ組み合わされた、しっかりとしたものです。しかし、その両端に続く道はなく未開通の状態です。その後何年経っても、放置された状態が続き、「これは、東関東自動車道のジャンクション用に違いない」と、思うようになりました。

八牧方橋
↑高速バスの車内から撮影した「八牧方橋」

再燃する疑問
2008年 茨城町JCTの着工が近づき、接続予定地点に赤白の標識が立てられました。しかし、その位置は172キロポスト付近。あの橋とは、1kmも離れています。「じゃあ、あの橋はいったい・・・」


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何年も疑問を放置してきましたが、ついに重い腰をあげて調査を始めました。まずは橋の名前。何度かドライブしながら、「八牧方橋」の名前を確認。そして、ネット版の東京新聞茨城版(2005年5月9日)に記事が掲載されていたとの情報を発見。しかし、すでにリンク切れの状態、それではと近所の図書館へ。

図書館へ
これまで図書館に資料調査に行ったことはなかったので、わからないことばかり、しばらく地方史のコーナーなどをうろうろ。やむなく、係の方に新聞の閲覧について聞いてみると、東京新聞茨城版は別の図書館に保管されていること。
普段ならあきらめて帰るところが、今回は何故か積極的に行動。別の図書館に移動して、新聞の閲覧を申し出る。係の方が用意してくれた新聞で記事を確認。(3年を経過した新聞は書庫に収蔵され、1ヶ月遅ければ、閲覧が難しかったとの係の人の話。先に延ばさないで、よかった。)さっそく、記事のコピーをお願いして、資料を持ち帰る。

「八牧方橋」の正体
新聞記事によると「八牧方橋」の正体は、県道大洗友部線(県道16号)のバイパスの一部で、常磐道 友部SAのスマートIC付近から国道6号の茨城町小鶴付近に接続する計画。茨城町西ICの付近にある、茨城中央工業団地の整備事業と併せて計画が決定、北関と同時期に工事が進められ、開通前の2000年1月に完成。総工費5億5千万円、事前の工事で事業費抑制と北関の交通規制を必要としないとの目論み。2005年当時でも、県道全区間5.5kmのうち、工業団地内の3kmが完成しただけの状態。未着工部分のバイパス工事の前提となる、工業団地西側の用地買収も進んでいないとのこと。
2011年12月現在も、工業団地の工場立地もあまり増えていないようなので、完成はいつになるのか?

長年の疑問もやっと解決、次は茨城町JCTの工事が気になります。


<参考資料>
東京新聞茨城版(2005年5月9日)
「北関東道に架かる謎の橋 『八牧方橋』その正体は?」

茨城町JCTの架橋工事

2009年9月27日 茨城町JCTの工事も進み、夜間通行止にしての架橋工事の日がいよいよ明日に近づきました。

茨城町JCTの架橋工事案内(電光掲示板)

茨城町JCT工事現場で超大型クレーンが登場!

次の疑問は、どうやって架橋するかということ。以前、橋桁を大型の台車で移動させて取り付けるのをニュースで観たことがあった。でも、切り通し区間のJCT予定地付近では難しそう。などと考えていると、超大型クレーンが登場、さっそく現場に足を運んだ。

茨城町JCT工事 遠景

北関を茨城町西ICで降りアプローチを開始。側道は工事に伴う通行止め区間が増えていたが、JCT予定地付近は生活道路が通っているため近くまで行くことができた。立ち入り禁止エリアを避けて、畑の脇の農道を進む。

畑越しの大型クレーン

北関の本線脇の防護ネットに隠れて見えなかったが、橋脚の周囲の台地が削られ平らで広い空間が用意されていた。そこに、大型クレーンが設置され、長いブームの先には仮設の台座に載ったランプの橋桁が既に吊り下げられた状態で明日の作業開始を待っている。周辺には、現場を照らすための投光器や指揮所となるであろうテントが準備されていた。

ランプC・D

「仕事が無ければ見学に来たいなぁ」と思いつつ、クレーンが良く見える場所を探す。

クレーン

立ち入り禁止エリアを避けて、クレーン全体を収められるアングルを探すが、なかなか良い場所がない。全体が収まっても角度がいまいち、近づきすぎるとフレームに収まらない。仕方なく、パーツのアップを写真に収めることに。

クレーン運転席

それにしても巨大だ、操縦席と比べると、その大きさがよくわかる。大型クレーンの脇に待機している普段見かけるサイズのクレーン車も小さく見える。操縦席の後方には「UCHIMIYA」の文字が読み取れた。
後で調べると、大型クレーンは、内宮運輸機工(株)さんのクローラークレーン KOBELCO SL13000(吊り上げ重量800t、最近では首都高大橋JCTの工事でも活躍している。)

クレーン後部より

クレーン後方には、カウンタウエイトと思われる台車が見える。台車に載ったウエイトは、厚い鉄板を積み重ねたものようだ。
(内宮運輸機工(株)さんのホームページにある仕様書のPDFによると、カウンタウエイトは2台で480t、ウエイト1枚7.6tもある。)

ウェイトの載った台車

クローラークレーン KOBELCO SL13000
クローラークレーン KOBELCO SL13000


大型クレーンの奥には、鉾田方面に伸びる東関東自動車道の工事現場が見える。
そろそろ日も傾いてきたので、この辺で撤収。
東関東自動車道の工事現場

<豆知識>
内宮運輸機工(株)さんは明石海峡大橋やスエズ運河の架橋工事など、国内外の大規模プロジェクトに関わってきた会社。地元だと水戸芸術館シンボルタワーの建設工事で、お世話になっている。

2009年10月15日放送 テレビ東京の「空から日本を見てみよう」#1 ~東京湾をグルッと一周~ では、千葉県市川市にある同社の機材ヤードが写っていた。録画したビデオを見ると1時間40分くらいのあたり(CM含む)。


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真岡の謎の塔

2009年1月3日 箱根駅伝も終わり、ちょっぴり暇を持て余したので、家族で北関東自動車道(以下、北関)の上三川(かみのかわ)ICまでドライブへ。茨城と栃木が北関でつながってから、初めての栃木。

茨城・栃木県境のトンネルを抜けると、大きくカーブした北関の先に、雲がかかった男体山が見える。
北関からの男体山

ズームで男体山を撮影。と、変わった形の建物の存在に気づく。
ズームで撮影した男体山

建物の最上階が、なんとなく中国の仏塔(パゴダ?)のような形。火をつけると塔が伸びる中国製の花火とかランタンで見るようなデザイン。
謎の塔

最初は、展望台? 美術館?など、公共施設を中心に検索。似たような形の体育館も見つけたが、高さが違う。改めて、見えた方角を確認し、航空写真から建物を特定。
真岡第一工業団地にある、千住金属工業(株)栃木事業所の管理棟だそうです。

真岡ICのあたりまで来ると、高原山がよく見える。
真岡IC付近からの高原山

上三川ICで北関を下り、近くの大規模ホームセンターの屋上駐車場へ。実は、ここからの眺望を期待してのドライブ。
が、送電線や隣接するショッピングセンターが邪魔でよく見えない。目論見が見事に外れた、残念。
上三川付近からの高原山

特に買い物もないので1フロアをちょっと眺めただけ。コーヒーブレークの後、再び北関に乗り帰路に着いた。

鬼怒川を渡ると、筑波山が見えてきた。「晴れたら、富士山が見えるんじゃないか」などと話しつつ、そろそろ栃木県ともお別れ。
北関・東行き 真岡付近からの筑波山

県境のトンネル。「←茨城県・栃木県→」的な感じの表示があるが、うまく写らなかった。
茨城・栃木県境のトンネル


<豆知識>
あの塔は何角形
千住金属工業(株)栃木事業所の管理棟は八角形。(以前は、HPに管理棟が写っている写真があったのですが、リニューアルされていて確認できませんでした。)

東京都足立区の千住大橋の近くにある本社ビルも同じような建物(こちらは六角形)で、石洞美術館が併設されている。本社ビルは、入江三宅設計事務所による設計(2005年)。どちらも、こだわりが感じられる建物です。