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旅行やドライブで撮り貯めた写真と、行く先々で生じた疑問を調べた「自由研究」を紹介しています。

2015年11月 旧熊ノ平駅【アプトの道】 その2

2015年11月20日 群馬県安中市松井田町

旧熊ノ平駅
旧熊ノ平変電所の前を通り、横川方向のトンネルへ。新線のコンクリート製トンネルに並んで、旧線のレンガ造りのトンネルを間近に見ることができる。

旧熊ノ平駅

旧熊ノ平駅

旧熊ノ平駅


旧線(アプト式)のトンネル。現在はアプトの道として整備されていて、ここから碓氷第3橋梁を渡って、横川駅まで歩くことができる。
旧熊ノ平駅

旧線(アプト式)は単線だったが、なぜかトンネルが2つ。
旧熊ノ平駅

これは、横川側と軽井沢側のトンネルに挟まれたエリアが狭く、ホームに停車する列車をスイッチバックするための突っ込みトンネルだった。
旧熊ノ平駅

旧熊ノ平駅

熊の平神社 <由来>
元々は、旧中山道の旧碓氷峠と入山峠(現在の碓氷バイパス)の中間に位置した「中の道」(現在の国道18号の旧道)を旅する人の安全を祈願して建てられた神社。それを国鉄や営林署の職員の方々が、この地に移して建立して現在に引き継がれているそうだ。
旧熊ノ平駅
「中の道」は1886年(明治15年)に碓氷新道として整備されて馬や車が通れるようになり、その後馬車鉄道が建設され、アプト式鉄道の建設資材を運ぶルートとして利用された。(碓氷線の開業により、馬車鉄道は廃止)


熊ノ平殉難碑 <説明>
1950年(昭和25年)6月、大雨により発生した山崩れの土砂で熊ノ平駅構内が埋まり、職員や宿舎に住んでいた家族を含めて50名が亡くなった。その後、全国の国鉄職員からの寄付により慰霊のために殉難碑が建立されたそうだ。
旧熊ノ平駅

旧線・新線時代を通じて、いくつかの列車暴走事故も発生しており、急勾配区間を克服することが困難であったことを、改めて実感した。

だいぶ陽も傾いてきたので、そろそろ引き上げ時かな・・・、
旧熊ノ平駅

旧熊ノ平駅


<参考資料>
碓氷鉄道文化むら【公式HP】
http://www.usuitouge.com/bunkamura/

熊ノ平配線図【懐かしい駅の風景~線路配線図とともに】
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-20d5.html

碓氷線概史-66.7の軌跡-【碓氷峠CLUB66.7】
http://www15.big.or.jp/~club667/usuihistory/usuihistory.html

川上幸義の信越線鉄道史
http://ktymtskz.my.coocan.jp/kawakami/sinetu.htm


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