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nKアーカイブ

旅行やドライブで撮り貯めた写真と、行く先々で生じた疑問を調べた「自由研究」を紹介しています。

2018年9月 大河津分水 旧可動堰

2018年9月22日
大河津分水 旧可動堰
1927年(昭和2)大河津分水の完成から わずか5年、最初に建設された自在堰が河床の洗掘により陥没したため、これに代わる旧可動堰が建設される。1931年(昭和6)に竣工、2011年(平成23)に新可動堰に役割を譲った。残念ながら旧可動堰で保存されたのは右岸側の一部のみ。高川敷には旧可動堰跡のくぼみが、名残を留めている。
大河津分水 旧可動堰

大河津分水 旧可動堰

大河津分水 旧可動堰

大河津分水 旧可動堰

大河津分水 旧可動堰

大河津分水 旧可動堰

大河津分水 旧可動堰

大河津分水 旧可動堰


信濃川大河津資料館に展示されている模型。現在は撤去されている門扉の構造が確認できる。
大河津分水 旧可動堰(模型)【信濃川大河津資料館】


青山 士と宮本武之輔
青山 士(あおやま あきら)は、パナマ運河工事に日本人としてただ一人携わった土木技師。帰国後、荒川放水路の建設に携わった。自在堰の陥没事故の後、高責任者として大河津分水路の改修工事を指揮した。
宮本武之輔は改修工事の現場責任者で、旧可動堰の設計者。
自在堰の陥没事故によえい信濃川の本川が干上がったため、大河津分水路に仮締め切りの堤防を設けて工事が進められた。しかし工事の完成直前の豪雨で信濃川の堤防決壊が迫ったため、宮本武之輔は独断で仮締め切りを破壊し大河津分水路に水を逃がすことで水害を防いだ。幸い仮締め切りの破壊による工期の遅れは小さく、翌年に旧可動堰は完成した。


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2016年11月 旧岩淵水門(赤水門)
旧岩淵水門(赤水門)


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